かつては所得に対する最高税率が随分と高く、松下幸之助さんは、一時90%を超える税金(!)を払っていたそうです。いかに高額所得者とは言え、酷な気がします。今では消費税の導入等で所得課税は低減し、最高税率は所得税が40%、住民税が10%で合計50%、課税所得6百万円で平均税率は約23%、同じく2千万円では約36%、2億円で約49%となっています。
厚生労働省の平成22年国民生活基礎調査によると、最も世帯数の多い所得層は年間200~300万円の層。年所得の中央値は438万円ですが、高額所得者が平均を押し上げて、平均所得は約550万円。年2千万円以上所得の世帯数は、僅か1.2%です。年間数億円、というと更に限られた層になります。
では、年間数億円という高額所得層の平均税率は、一体どれ位でしょうか。実は、年数億円という所得の多くは上場株式の配当や売却益によるもので、その税率は10%。給与等で数億円を稼ぐ人は少なく、結果として平均税率は低くなって、そのような高額所得層の平均税率は20%に満たないと言われます。このような制度に、公平性があると言えるのでしょうか。
アメリカも同様の状況のようです。投資家のバフェット氏は、氏の税率が17%で従業員平均の36%より低いことに異議を唱えており、オバマ政権は高額所得層に対して最低税率を設ける「バフェット・ルール」を提案しています。もちろん、反対論も多いようです。
さて、本来はどのような政策・制度が望ましいのか。
そのことを明確にするためには、事実がどうなのかをまず知る必要があります。左の例では、配当等の所得に対して勤労所得並みの高い課税を適用した場合に予想される税収増加額を知ること等が必要です(現在、そのような推計は明らかにされていません)。
更に、配当に対する勤労所得並み課税それ自体は社会的公正に適うとしても、それが「貯蓄から投資へ」という経済政策に逆行するとした場合、どのような選択がなされるべきなのでしょうか。それは公共経済学の問題であり、更には人間観、世界観の問題です。
「公平な課税制度」ひとつを判断するにも、事実を見極める力、深い人間観、世界観が必要です。しかも、他人任せという訳には行きません。より良く生きるため、多くのことを学びつづけたいと思います。
