トップの身の処し方(38号 2009年4月)

最近の政界トップの交代には、首を傾(かし)げさせられます。アッサリと職を辞すのが責任逃れに見えることもあれば、居座り続けるのが見苦しいこともあります。世の中、職を辞すことが潔し(いさぎよ)とされる場合もあれば、職を全うすることが称えられる場合もあるのに、これは一体どうしたことでしょうか。

それは、去就の決断が、組織の利益に適(かな)っておらず、自己の都合によっていると感じられるからでしょう。しかし政治家に止(とど)まらず、本人が無自覚なのか無頓着なのか、その身の処し方が衆目と異なる例が目立ちます。特にトップの進退については、周囲の者はトップに直言し難(にく)いもの。そのことを弁え(わきま)、トップの進退は、自らが組織に役立っているのか、己の都合を優先していないのか、沈思黙考し、自らが決断する必要があります。

さて、そのように考えてはみても、現に後継者のいない中小企業経営者は、責任を放り出す訳には行きません。リーダーとして、組織を率(ひき)いてゆく責務があります。では、この不況下を、経営者はどのように考え行動すべきなのでしょうか。

ある方から、「正々堂々」という言葉は、経営の極意だと教えて頂きました。旗が整然と並んでいる様、つまりは錦の御旗、大義が、「正々の旗」。陣営が堂々と組まれている様が、「堂々の陣」。そんな組織を相手にしても勝てないとのことです(原典読み下し文では、「正々の旗を邀(むか)える無く、堂々の陳を撃つ勿れ」-孫子-)。

トップが優れた理念を持ち、それを組織の理念として掲げ、その下に戦略を立てる。その結果、組織構成員は、理念に共鳴し、自分たちの持てる力の限り、組織目的遂行のために一致して行動する。

皆様の会社が、私の事務所が、そのようなことを成し遂げるなら、どのような時代、経済状況下にあっても、敗れることのない組織となるでしょう。しかしそれは、経営トップ自身が、正々の旗を掲げるだけの理念を有していて初めて成し得ることです。

弊事務所の30周年記念式典で、大阪信用金庫の目良理事長様から、「明日、世界が滅ぶとも、君は林檎(りんご)の木を植える」との含蓄(がんちく)ある言葉を頂きました。私自身は我欲の強い人間ですが、努力することはできます。今、頂いた言葉を反芻(はんすう)しているところです

 

(所長 林 光行)

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