飛行場に降り立つと、揚子江特有の匂いが漂う。街の中心部に向かう道路は工事中。乗ったリムジンはたちまち銀輪(自転車)の渦に巻き込まれ、停まると好奇に満ちた顔また顔が車中を覗き込む。壊れかけた家並みにビル建設の槌音が響く。灯火も乏しい薄暗い街をそぞろ歩くのが人々の娯楽。
コンサルタントとして招聘された私達は各地で熱烈歓迎を受け、「解放後、初めてこの村を訪れた外国人」と言われもした。通訳の陸氏とは、文化大革命や中国の未来を語り合い、共に涙した。人々は礼儀正しく、夢に溢れ、自身と国の未来を真摯に考えていた。20年前の上海はそんな街だった。
昨秋、2年ぶりの事務所旅行にかこつけて訪れた上海。高層ビルが林立する中、旅行者然とバッグを肩に路を歩けば、忽ち「ロレックス、センエン(千円)」と売り付けに来る。そして娼婦もポン引きも、幼児を抱いた物乞いまでもが次々と声をかけてくる。昔はこんな人達は居なかった。電飾に眩い夜の上海を彷徨(さまよ)いながら、この街は一体どうなってしまったのか、と咽ぶ思いが胸を衝く。
20年前、上海から帰日して間もなく、偶々(たまたま)中国人留学生と知り合った。苦学生だった。その彼が今では実業家として上海に居を構える。警備員付の高級マンションに招かれ、彼の成功に心からの祝杯を挙げた。しかし、彼のような例は稀だ。
極度の貧困は様々な悲惨な状況を産み出し、経済的繁栄は、多くの恵みをもたらす。だから私達は経済的繁栄を求めて営々たる努力を続ける。そのようにして上海の人達も経済成長を遂げてきた。しかし、誰しもが平等に経済成長の恩恵に与る(あずか)訳ではなく、また、経済成長のみで全ての問題が解決する訳でもない。
日本はどうか。先人たちのお蔭で裕福な生活を享受させて頂いている。しかし、多くの失ったものがあることを私達は知っている。豊かな自然、近隣の人達との穏やかな関係、未来への希望、仁徳、等々…。もうそろそろ経済成長のみに目を向けるのではなく、本当の豊かさとは何かを問うて良い時期ではないか。そう、一言で言うなら、心の豊かさが必要なのだと思う。
