友人の友人(第29号 2004年10月)

1年ほど前、「世界が100人の村だったら」というEメールが出回り、話題になりました。正確な統計数値とは異なっているようですが、それらの内容をかいつまんで記載すると次のとおりです。

「100人のうち30人が子供で、そのうちはしかや小児麻痺などの予防を受けているのは半数だけです。100人のうち50人が文字を読めず、13人が栄養失調に苦しんでいます。着る服があり屋根のある場所で寝ることができるのは75人で、4人がコンピューターを持ち、2人だけが大学教育を受けています。

もしあなたが、空爆・襲撃・地雷あるいは武装集団によるレイプや拉致に怯(おび)えていないとしたら、怯えている20人より恵まれており、預金や小銭を持っているなら、もっとも裕福な8人のうちの1人です…。」

このように観ると、ごく普通と感じる日常とは異なる過酷な人生、生活のあることが判ります。まさに「世界は広い」し、その中で自分が恵まれていることは本当に「有り難い」ことだと思います。

話は変わりますが、宇宙物理学者の池内了氏によると、世界中の60億人を超える誰と誰とでも、平均して6人を介して繋(つな)がることが証明されているそうです(2004年4月4日/日経夕刊)。

考えてみると、私に100人の友人がいるとして、その友人の友人100人で1万人の輪ができることになります。さらにもう一段階進めると百万人、そして1億人、百億人…。友人の友人たった5人で百億人の友人の輪ができ上がります。

そう考えると、「世界は広い」どころか逆に随分と「世界は狭い」ことに気付きます。地球の裏側の全く見ず知らずの人とも、たった6人を介して繋がるのです。パレスチナやイラク、あるいはボスニアやチェチェン、そして北オセチア共和国学校テロ事件の被害者の人たちとも。

そして今、思います。全世界の人と繋がって私は生きている、いや、生かされている。しかも恵みの中に。この与えられた僥倖(ぎょうこう)を、まだ見知らぬ友人の友人たちに、少しでも分かち合うことができないものかと願わずにおれません

(所長 林 光行)

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