働くことの報酬(第28号 2004年1月)

最近、「成果主義」が誉めそやされています。そうでなくてはこの大競争時代を生き抜いてゆくことはできない、ということのようです。また、働く側からも、能力を正当に評価されるとの思いから「成果主義」を歓迎する向きもあります。

人が働くのは、収入を得ることが大きな動機ですから、金銭的報酬を蔑(ないがし)ろにすることはできません。しかし、働くことの報酬としては、金銭以外にも様々なことがあると思われます。

そのひとつは、人は働くことによって社会的生産に参加できるということです。多くの人にとって、自分の能力を活かして物事を産み出す、創造するということは、それ自体が大きな喜びです。

同時に、そのことを通して「自分はこの世に貢献できている」という喜びを味わうことができます。世に必要なものを産み出すことのできる有為な自分。なんと素晴らしいことでしょうか。「お前なんか要らない」と言われるのは、とても辛いことです。

また、働くことによって、人は多くの知己を得、豊かな人間関係を築くことができるということもあります。同僚、先輩、後輩、またお客様などの取引先。これらの人達との関係を通して、様々なことを学び、職業的、技能的成長はもとより、人間としての成長を遂げることができます。

このように、働くことには豊かで深い内容があります。このことを実感することができたら、それこそは働くことの大きな報酬であり、人は喜びと充実感を持って、仕事に能力を発揮することができるでしょう。幸福な人生ではありませんか。他方、働くことの報酬を金銭のみに限定するなら、それはとても貧しく不幸なことだと思えます。

では、働く人はどのようにして、このような働くことの恩恵ともいうべき報酬を手に入れることができるのでしょうか。おそらくそのためには、仕事や組織に対する愛着や誇り、あるいは夢や希望が必要なのではないかと思います。

所長としての私は、そのような愛着や誇り、夢や希望を、職員と共に紡ぎ出すべく努めたいと思います。人間として欠点だらけの私が、有りのままの姿で所長の座にいるだけでは、職員が組織や仕事に誇りや希望を持つことはないでしょう。だからこそ、職員と共に、紡ぐ努力を重ねる必要があるのです。

(所長 林 光行)

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