私達は一瞬々々選択を続けています。朝、何時に起きるか。今日すること、着る物、食べる物。好きな人、嫌いな人。そのような選択の連続として過去があり、今の自分がいます。さて、私達の人生に「選択」の幅はどの程度あるのでしょうか。
イヤなことがあったとき「気分が落ち込むのは当り前」。困難な課題に直面したとき「逃げ出したくなるのは仕方がない」。そんな風に思います。でも本当に「当り前」で「仕方がない」ことでしょうか。そこに選択の余地は無いのでしようか。
美空ひばりの「悲しい酒」では
「忘れるために呑んでいるのに 酒よどうして 思い出させるの」
と言います。しかし本当は、悲しい過去に浸りたいからこそ呑んでいるのが実相だと思います。
童話の「星の王子様」に出てくる酒呑みは、自分が酔っ払いであることがイヤで、そのことを忘れたいから呑んでいるのだと言います。彼は惨めな酔っ払いでいることを、つまり、自分が不幸でいることを選択し続けています。
このレターの第13号で「ガンと共に生きる」を投稿して下さった河崎妙子さん。彼女は末期ガンに罹って、かえって「希望を持ち、今日一日を感謝して生きよう」と、健康な時よりも遥かにイキイキと、笑顔溢れる人生を送られました。
既に御存知の方もおられますが、彼女は本年8月11日に逝去されました。出棺に際し「彼女の人生に拍手を贈ってあげて下さい」とのご遺族の言葉に応え、拍手が湧き上がりました。素晴らしい、また幸福な人生を送られたと思います。 さて、残された私達は、これからどの様な人生を送るのでしょうか。「こんな現実はイヤだ」と不平・不満を言い続ける人生でしょうか。それとも現実を受け入れた上で、希望を持って、その現実に立ち向かっていく人生でしょうか。
それは「不幸でいるのか」「幸福でいるのか」の選択です。河崎妙子さんが教えてくれたことは、そのいずれをも私達自身が、自分の意思で選択することが出来るということです。
